酒井智弘と申します。私は、ミイダス株式会社のHRサイエンス研究所で、心理学リサーチャーとして、コンピテンシー診断に関する研究開発に携わっています。専門は、心理学(主に社会心理学)です。

前書き

今回の記事は、人材アセスメントに活用されている心理検査をテーマに、質問紙法の概要を紹介します。この記事は、心理学の方法論に興味があり、実務でアンケートデータの分析に携わっている人を読者として想定しています。読者には、質問紙法を使って疑わしい研究実践を行わないために、質問紙法によるデータ収集には目的に応じた仮説が大切であることを知っていただきたいです。

本文

1.人材アセスメントと質問紙法

人材アセスメントには様々な心理検査が応用されています。心理検査の代表例としては以下のような方法が挙げられます。

  • 質問紙法(Quesionnaire method)
  • 投影法(Projective technique)
  • 作業検査法(Performance test)

 このなかでも「質問紙法」は、HR業界で広く利用されている方法です。読者の中には、「質問紙法」という用語を初めて聞いた方がいるかもしれませんが、質問紙法は人材アセスメントや組織サーベイによく活用されている方法なので出会ったことがあるはずです。

 質問紙法が使われている人材アセスメントには「適性検査」があります。適性検査は、知的能力やパーソナリティ(性格)について評価されることが一般的です。

 弊社のコンピテンシー診断にも質問紙法が活用されていますので、質問紙法が使われている人材アセスメントを体験したい方は試しに受診してみてください。

2.質問紙法とは

質問紙法とは、質問紙を用いて対象者からデータを集める方法です。質問紙は、回答者が質問文を読んで回答する調査票を意味し、アンケートとも呼ばれます[1]。インターネット上で回答する調査票も、質問紙に含まれます。

 質問紙法による調査は、誰もが簡単かつ低コストで実施できるため、多方面で活用されています。しかし、質問紙法の利用目的を理解せず、仮説を具体化できていない状態で質問紙を使うと、データの品質を下げたり、分析結果を適切に評価できなかったりします。

3.質問紙法でデータを集めて分析する理由

鈴木(2011)の「質問紙デザインの技法」[1]によれば、質問紙法の利用目的は以下の2つが述べられています。

  1. 「論理的かつ実証的に予測される結果を反映した的確な質問を作成し、調査結果の評価や判断の根拠となる正確なデータを集めること」
  2. 「収集したデータを分析することによって集団の全体的傾向を客観的に明らかにし、事実の解明や問題解決や将来の予測を目指すこと」

 

 1は、仮説を検証できるような質問文を作成し、データを集めることです。2は、質問紙から得たデータを分析することで、研究対象となる集団全体の実態や傾向を知ることです。これらの目的のために、質問紙法を使います。

 質問紙法だけに限りませんが、データを集めて分析する際は目的を定めます。目的を定めないと仮説を立てることができないからです。質問紙法を利用する場合においては、仮説を検証するための質問文を考えることができなくなるため、質問紙法を使う理由がなくなります。

4.質問紙法で検証する仮説と質問文の例

質問紙法による調査目的を定めたら、仮説を立てて、その仮説を検証するための質問文を用意します。以下では、目的に応じた仮説と質問文の例を解説します。

 「従業員のやる気の高さと関連する要因を検討すること」という目的を例に解説すると、以下のような仮説を考えることができます。

  1. 従業員のやる気の高さには、上司からのサポートが多いことが関係する。
  2. 従業員のやる気の高さには、仕事と給料が見合っていることが関係する。
  3. 従業員のやる気の高さには、職場のストレスが低いことが関係する。

 1の仮説の場合は、「従業員のやる気」と「上司からのサポート」の内容を尋ねる質問文を用意する必要があります。個人的な経験から言うと、1つの内容につき最低3項目程度、多い場合は10項目程度用意すると良いでしょう。

 「従業員のやる気」を尋ねるためには、例えば以下のような質問文を作ります。

  • あなたは、仕事にやりがいを感じている。
  • あなたは、熱心に働いている。
  • あなたは、やりたい仕事をしている。

 「上司からのサポート」を尋ねるためには、例えば以下のような質問文を作ります。

  • 上司は、日頃から相談に乗ってくれる。
  • 上司は、常に的確な指示を伝えてくれる。
  • 上司は、自分が困っていればいつも助けてくれる。

 以上のように、目的に応じた仮説が立てられて初めて、質問紙法で測定したい物事(心理学では「構成概念」と呼ばれている)が明確になり、仮説検証するための質問文を考えることができます。

 目的に応じた仮説がはっきりしていない場合は、仮説検証に必要な質問文を考えることができないはずです。これは、質問紙法で測定したい物事がわかっていない状態と言えます。

 1の例では、「従業員のやる気」と「上司からのサポート」の内容を尋ねる質問文だけを考えれば良いのですが、それらの内容とは直接関係がない内容(例えば、同僚や部下からのサポートなど)を尋ねていると、目的に応じた仮説がはっきりしていない可能性が高いです。

 同僚や部下からのサポートも尋ねている場合は、仮説が「従業員のやる気の高さには、上司、同僚、部下からのサポートが多いことが関係する」となるはずです。この仮説を検証するためには、「上司、同僚、部下からのサポート」を尋ねる質問文を作る必要があるのです。

 目的に応じた仮説を具体化できなければ、誰にどのような質問を尋ねれば良いのかわからないため、仮説検証につながる質問文を考えることができません。質問紙法で特定の物事を測定したいのであれば、具体化された仮説に対応した質問文が必要なので、目的に応じた仮説を具体化させないと、意味のない内容を尋ねることになります。また、誰にどのような質問を尋ねれば良いのかわからないため、仮説検証に必要なデータを集めることができず、分析しても意味のない情報を得ることにつながります。

5.質問紙法で問題のある使い方をしないために

鈴木[1]によれば、学術調査や実務調査を問わず、安易に作られた質問紙による調査が数多く実施されているそうです。筆者は、安易に作られた質問紙による調査がどの程度行われているのかを把握できていないのですが、質問紙法は、様々なデータを取得できる分、仮説や質問文を入念に考えなくても、データを集めて分析される危険性があると考えています。

 安易に作られた質問紙で調査すれば、「疑わしい研究実践」(Question able research practices:QRPs)[2]につながります。QRPsの例としては以下のような問題点が挙げられます。

  1. HARKing(Hypothesizing After the Results are Known)
  2. P値ハッキング(p-hacking)
  3. 出版バイアス(publication bias)

 安易に作られた質問紙で得たデータを分析した場合は、上記の「HARKing」が起きやすくなります。HARKingとは、データを得てから分析結果を説明できるような仮説を立てることです[3]。HARKingは、データによる再現性の問題に関わります。つまり、別のデータからでは同じ結果が再現できなくなるのです。

 質問紙法では、仮説に関係のない内容でも、回答者に尋ねたいことを全て尋ねることができます。質問紙法で得たデータは、仮説が具体化されていなくても、後付けで仮説を立てられるデータになりやすいので、「HARKing」になっていないか注意しましょう。

6. クロージング

今回の記事では、質問紙法の基本的な内容に絞って説明しました。筆者としては、質問紙法を使って疑わしい研究実践を行わないために、質問紙法によるデータ収集には目的に応じた仮説と質問文が大切であることを知ってもらおうと考えました。質問紙法に関しては、質問文の作成方法や回答方法といった内容もありますので、機会があれば記事にしていこうと思います。

参考文献

  1. 鈴木 淳子 (2011). 質問紙デザインの技法 ナカニシヤ出版
  2. John, L. K., Loewenstein, G., & Prelec, D. (2012). Measuring the prevalence of questionable research practices with incentives for truth telling. Psychological science, 23, 524-532. https://doi.org/10.1177/0956797611430953
  3. Kerr, N. L. (1998). HARKing: Hypothesizing after the results are known. Personality and social psychology review, 2, 196-217. https://doi.org/10.1207/s15327957pspr0203_4