はじめまして、HRサイエンス研究所研究員の山田裕生です。主に心理学の手法を用いた研究を行っています。今回は、仕事の場面でのモチベーションについて、私たちの研究成果(神長・山田・鹿内,2022)を踏まえて解説します。

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1.制御焦点理論とは?

モチベーションが「ある・ない」や「高い・低い」という表現は世間一般的に広く使われていて、みなさまにも馴染みが深いと思います。例えば、生成AIを使うことについて、モチベーションが「ある・ない」や「高い・低い」という表現がありますが、これはやる気の有無と同様の意味で使われます。一方、心理学において、モチベーションという言葉は少し違う意味で厳密に定義されています。

心理学で言うモチベーションは「〇〇に対するモチベーション」のような方向を持つ概念です。また、「生成AIを使用したい」という方向のモチベーションだけでなく、「生成AIを使用したくない」という逆方向のモチベーションも重要視されます。本記事では、こうしたモチベーションの心理学に関する重要なアイディアを整理した制御焦点理論(Higgins, 1997)について紹介します。

1.1.ポジティブ・ネガティブどちらに着目するか?

心理学では、人のモチベーションを「接近」と「回避」の二つに分類します。「接近」は快(好き・楽しい・面白い)に近づきたいモチベーション、「回避」は不快(嫌い・苦しい・退屈)から距離を取りたいモチベーションを指します。ここでは、仕事の中で「良いシステムを作るぞ」という目標があった場合、生成AIを「使いたい」か「使いたくない」かというモチベーションについて考えてみましょう。「生成AIを使いたい」というモチベーションは「接近」に該当し、生成AIを快に繋がるもの(e.g. 難しいことも簡単にできるようになって楽しい)として、近づきたいという欲求が生じていると考えられます。一方で、「生成AIを使いたくない」というモチベーションは「回避」に該当し、生成AIを不快に繋がるもの(e.g. 勉強するのが大変)として、離れたいという欲求が生じていると考えられます。

 制御焦点理論では、上記の接近と回避の2つの方向性について「ポジティブなこと・ネガティブなことのどちらに着目するか」という観点を加えることで、より詳細に人のモチベーションや行動を説明できるようになりました。

 上記の例では「良いシステムを作るぞ」という目標が設定されています。しかし、「良いシステム」のことを「新しい機能を持ったシステム」とも「より安定してミスの少ないシステム」とも考えることが出来てしまいます。このように、同じ一つの目標であっても、その捉え方は人によって異なります。心理学では、このような目標の捉え方の傾向を目標志向性と呼んでいます。制御焦点理論では、ポジティブなことに着目する目標志向性である「促進焦点」と、ネガティブなことに着目する目標志向性である「防止焦点」の2つのタイプ(目標志向性)を想定している点が特徴的です。

 まずは「良いシステムを作るぞ」という目標に対して「新しい機能を持ったシステム」と捉えた人について考えてみましょう。この場合、システムの利点を大きくすることが課題であり、メリットを積み重ねていくことが目指すべき事柄になります。言い換えると、使える機能を増やすことで利用者の利得を増やしていく方向性です。このような利点・メリット・利得といったポジティブなことに着目し、それを大きくする方向に目標を捉えるタイプを促進焦点といいます。この場合、生成AIを使うことでポジティブな面が大きくなると考えれば、「生成AIを使いたい」という「接近」のモチベーションが生じます。また、ポジティブな面が大きくならないと考えれば、「生成AIを使いたくない」という回避のモチベーションが生じます。

 次に「良いシステムを作るぞ」という目標に対して「より安定してミスの少ないシステム」と捉えた人について考えてみましょう。この場合、システムの欠点を小さくすることが課題であり、デメリットを減らしていくことが目指すべき事柄になります。言い換えると、問題の生じる頻度を減らすことで利用者の損失を小さくしていく方向性です。このように、欠点・デメリット・損失といったネガティブなことに着目し、それを小さくする方向に目標を捉えるタイプを防止焦点といいます。この場合、生成AIを使うことでネガティブな面が小さくなると考えれば、「生成AIを使いたい」という「接近」のモチベーションが生じます。また、ネガティブな面が大きくなると考えれば、「生成AIを使いたくない」という「回避」のモチベーションが生じます。

 このように何か目標があった時に、ポジティブな面に着目するかネガティブな面に着目するかによって、モチベーションの源泉や行動原理が異なってくるのです。また、モチベーションは、その後の行動にも影響を与えるため、促進焦点と防止焦点では、得意な課題解決の方法が異なることも明らかになっています。「生成AIを使いたい(生成AIを使いたく無い)」といったように、一見すると1種類のモチベーションであっても、その中身は促進焦点と防止焦点で質的に異なる場合があるのです。次の章では、一般化した促進焦点と防止焦点の特徴について説明します。

1.2.促進焦点とは?

促進焦点は、「ポジティブな結果がある or 無い」に着目するタイプの目標志向性です。言い換えると、ゼロと比較してプラスを大きくすることに注目します。この傾向が強い人は、目標のことを自分の理想や達成したい願望であると捉えて、素早く大胆に目標達成する方法やクリエイティブな課題に取り組むことが得意です。促進焦点を用いる傾向の強い人が持つ代表的な特徴を表1にまとめてあります。

1.3.防止焦点とは?

防止焦点は、「ネガティブな結果がある or 無い」に着目するタイプの目標志向性です。言い換えると、ゼロと比較してマイナスを小さくすることに注目します。この傾向が強い人は、目標のことを自分の責務や達成すべき義務であると捉えて、ミスや失敗を減らすことで目標達成する方法や細かい作業にコツコツと取り組むことが得意です。

1.4.誰もがどちらのタイプも持っている

厳密には、どんな人の中にも促進焦点タイプと防止焦点タイプの目標志向性が共存しています。また、同じ人でも、状況によって促進焦点が強く出る場面もあれば、防止焦点が強く出る場面もあります。これまでの研究では、どんな人でも「上位◯%に入れば報酬がもらえ(増え)ます」と言われると促進焦点が強まり、「上位◯%に入らなければ報酬が無くなり(減り)ます」と言われると防止焦点が強くなる傾向があるとされています(e.g., Shah, Higgins, & Friedman, 1998)。どちらのタイプが強く出るかについては、相手や環境によっても変わるため「仕事では促進焦点タイプだけど家族の前だと防止焦点タイプになる」ということも十分に考えられるわけです。しかし、癖や習慣のように、個人ごとにある程度安定した傾向があることもわかっています。心理学では、このような個人ごとに安定した行動傾向のことを、特性と言います。

1.5. 促進焦点と防止焦点に優劣はある?

促進焦点と防止焦点の間で絶対的な優劣があるわけではありません。その人の持っている特性の違いによって、得意な解決方法が異なっていると考える方が良いでしょう。仕事場面について考えると、一人一人の制御焦点タイプにあった仕事に就くことで、モチベーションやパフォーマンスの向上を狙うことができます。例えば、促進焦点の強い人は、新たな表現やアイディアを生み出すことが得意なので、クリエイティブな領域での活躍が期待できます。防止焦点が強い人は、リスクを最小限に抑えながら安定性を確保することが得意なので、リスク管理や品質保証、トラブル予防などの領域での活躍が期待できます。

2. 我々の研究で何が得られたか?

2.1. 概要

私たちの研究チームでは、仕事における個人のモチベーションを測る新しい質問紙「Work Regulatory Focus Questionnaire(WRFQ)」を開発しました。質問紙には18問の項目があり、それぞれが「促進焦点」や「防止焦点」に関連しています。簡単に言うと「促進焦点」は目標に向かって積極的に進む傾向を指し、「防止焦点」はミスを避けて目標をクリアする傾向を示します。このWRFQを用いると、個人の制御焦点のタイプを確認することができ、仕事におけるモチベーションを理解するための一助になると考えられます。

2.2. WRFQの作成方法

本研究で作成したWRFQは、質問紙法という心理検査に該当し、「仕事場面での特性的な制御焦点」をアセスメントするように設計されています(質問紙法についてはこちらで詳しく紹介しています)。元々は42問あった質問項目ですが、回答の分布、因子構造(探索的/確認的)、信頼性係数、外的基準との関係性など、構成概念の妥当性を検討し、最終的に18問の項目に絞り込みました。全ての質問項目に回答することで、仕事場面での特性的な制御焦点(促進焦点と防止焦点)をアセスメントできます。

2.3 職種とWRFQの関係性

また、WRFQのスコアについて、職種ごとに違いがあるか検討しました。その結果、営業系の職種が販売・サービス系や技術系の職種に比べて促進焦点が高い値を示しました。この結果は、職種ごとに制御焦点のタイプが異なることを示しています。促進焦点タイプの人は、営業系の職種に就くと、モチベーションが高いと考えられるのです。このような職種ごとの制御焦点の傾向と、個人の制御焦点のタイプについて理解が進むと、より適切なキャリアパスや業務配置が可能になると期待しています。ただし、職種が違うから制御焦点の傾向が違うのか、促進焦点(防止焦点)のタイプによって集まりやすい職種があるのかなど、より詳細については追っての調査が必要です。

このように、職種に必要な制御焦点のタイプが異なることは、よりよい就業生活を送るための重要なヒントになりそうです。仕事場でのモチベーションは、単なる業績向上だけでなく、満足な職場生活の構築にも役立ちます。そのため、私たちは制御焦点理論に注目し、このテーマに関する研究を進めています。特に、促進焦点と防止焦点は、仕事における個々の行動傾向を理解する上で重要な鍵であると考えています。

3. まとめ

モチベーションについて考える時、「あの人はモチベーション高いな」と漠然と考えていたかもしれません。しかし、本記事で説明した制御焦点理論を使って「ポジティブなこと」「ネガティブなこと」という着目点の違いを考えることで、人のモチベーションと行動を理解しやすくなります。また、自分自身のモチベーションを高めたり、どのような業務が得意なのかを考えたりする際も、自身の制御焦点のタイプを理解することが役に立つことでしょう。ぜひ一度自身や周りの人のモチベーションのタイプについて、促進焦点か防止焦点か考えてみてください。個々人のモチベーションを理解することで、仕事とのよりよい関わり方が見つけられるでしょう。

参考文献

  1. 神長伸幸, 山田裕生, & 鹿内学. (2022). 就業場面における促進焦点・防止焦点 法測定立的ネットワークと職種による違いの検討. In 日本心理学会大会発表論文集 日本心理学会第 86 回大会 (pp. 3AM-063). 公益社団法人 日本心理学会.
  2. Higgins, E. T. (1997). Beyond pleasure and pain. American psychologist, 52(12), 1280-1300.
  3. Shah, J., Higgins, T., & Friedman, R. S. (1998). Performance incentives and means: how regulatory focus influences goal attainment. Journal of personality and social psychology, 74(2), 285-293.